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頓田囃子七五三太

Author:頓田囃子七五三太
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 生涯“にわかファン”…どうせ“通”にはなれない。
 「わかって無ぇ」と言われればその通り。

 …だから、許してください(^^;
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【2012年2月25日 GALLERY&BARノラや 午後のノラ茶話会その45~寄席囃子教室の巻】

 寄席囃子の恩田えりさんのトークライブ…と言って良いのかな?


 とにかく、私にとって寄席囃子というのは落語以上に知らない世界だし、このノラやさんでの催しは常連の方が多いようで思いっきりアウェイな心持ち。
 しかしながら、同じノラやさんがやっているHACOにしても、20人程度の観客でその時間を独占できるというのは大変な贅沢なわけである。

 前回の恩田さんの“寄席囃子教室”は、うっかり予約をしそびれてしまったが、今回はバッチリ。


 春の歌を1曲披露してから、楽屋噺などを交えつつ今月出版されたばかりの『お囃子えりちゃん寄席ばなし』(イースト・プレス)執筆に至るまでの顛末を語る。
 独特の口調が何とも面白い。とても裏方として三味線を弾いている方とは思えない…って、同書を読んだら何とM-1グランプリに出てたりもしてたんですな。


 続いて、開演前に観客が書いたリクエスト・メモから、何と全員(21人)ぶんのリクエストに応えて出囃子を披露。
 もちろん修業の賜物なんだろうけど、数多の噺家さんの出囃子の“曲をマスターする”ことと“噺家さんと一致させる”ことと“噺家さんの間(ま)にピタリと合わせる”というのは、私の脳ミソからは信じ難いことである。

 諸般の事情で…ホントに諸般の事情で敢えて演らなかった曲もあったが、バシバシとリクエスト曲を弾いてくれた。


 こういう時にどんなリクエストをするのかというのは、常連でない私には難しい。
 とはいえ…幸いなことに…私が知っている出囃子はほとんど無いので、考えてもしかたがないわけだが。
 他の皆さんも現役の…それも中堅や若手の噺家さんの出囃子をリクエストしていた方が多かったので、あんまり気を遣うこたぁ無かったのかな?


 スモーク・オン・ザ・ウォーターをリクエストした方がいてびっくりしていたら、立川談笑師匠が使ったりしてるらしい。いや~知らなかった。三味線による♪デッデッデー、デッデッデデー…なんて、なかなか聴けるもんじゃない。


 ショックだったのは、あの林家しん平師匠が出囃子を変えてしまったという情報。
 特撮ファンなら押さえておきたい噺家であることは言うまでもないが、出囃子が『阿波踊り』ってのも私にはツボだったんである。
 ところが、最近になって“噺家らしい”出囃子に変えちゃったんだとか。

 しかし、せっかく場所が高円寺という関東での阿波踊りのメッカということで、恩田さんはしん平師匠の新旧の出囃子を演奏してくれた。阿波踊りの“替え手”とも呼ばれる弾き方をなさっていたのはさすがである。



 リクエスト・コーナーが終わると、今度は観客参加による『春はうれしや』のコーナー。オリジナルの♪春はうれしや二人して…に続く歌詞を観客が考えるんである。

 考えると言っても、アレだ。

 子どもの頃に「いつ」「どこで」「だれが」「どのように」「どうした」というのをみんながバラバラに作って、偶然に出来る“変な文”を楽しむという遊びをやったことがあるが、それと同じ。

 7ヶ所に分けて1ヶ所について3人ずつが作るので、一応“候補”は3つあるが、順番は決まっている。
 恩田さんが各所3つの候補からうまいこと選んでまとめるんである。 

 最終的にどんな歌詞になったのか正確に覚えていないのだが、何と“高円寺のノラやで、恩田さんが酔っぱらって花見酒”という内容に見事につながった。三題噺みたいな感じですな。



 さて、問題のエッセイ『お囃子えりちゃん寄席ばなし』。
 2月17日の銀座ブロッサムでの三人会のときもロビーで販売されていたが、絶対に今回の高円寺でも販売されるだろうと。しかも、その場でサインなどもいただけるだろうと。

 的中。

 おかげさまで、無事にサインをいただいた。

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 落語ファンとなって1年チョット…初めてサインを貰ったのがお囃子の恩田さんというのも、なかなか自分らしいなと思う。


 あ、もちろん、本も面白かった。
 ちょっと意外だったのが、須田泰成さんとの対談があったこと。須田さんといえばモンティ・パイソンの権威で、私も何冊か著書を持っている。色んなつながりがあるものだ。

 そうなると、次回はモンティ・パイソンのテーマ曲である『リバティ・ベル』を三味線で聴いてみたくなるよな。

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【1994年3月25日 立川談志独演会】

 私はこの会の主催者…直接の担当者だった。

 終演後、見送る我々に上機嫌で手を振ってくれた姿が私にとっての立川談志の印象である。
 その時にかけてくれた「やっ、ありがと!ありがとね!」という言葉を…言葉そのものは軽いが…そのまま談志師匠にお返ししたい。
 謹んでご冥福をお祈りします。

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 今回、文章がややこしくなるので敬称としての“師匠”は使わない。

 BS11『柳家喬太郎の粋ダネ!』(2011年10月22日放送)で、ゲストの柳家権太楼さんが、師匠である柳家つばめさんについて語っていた。

 権「(柳家つばめが)“お前さんはあたしをしくじった”って言うんですよ」

 ここで、魚住りえさんが「…?しくじる…?」と反応した。


 オレだけではなかった!\(^o^)/


 噺家さんの間で用いられる符牒については深追いしない。
 が、この“しくじる”という言葉は、ホール落語でのトークや噺家さんのエッセイなど、我々一般ピープルに向けられた発言の中にもしばしば登場する。


 魚住さんと言えば慶応義塾大学文学部の仏文出身であり、言葉を扱うアナウンサーというお仕事をなさっているわけで、日本語に関しては専門家に近い立場であろう。

 そんな魚住さんが“しくじる”という言葉に違和感を持ったわけである。


 一般的には“しくじる”というのは“失敗する”という意味で使われることが多い。…てか、ほとんど。


 ところが、噺家さんはしばしば「師匠をしくじる」という使い方をする。

 何たって、『目白・柏木・黒門町 内儀さんだけはしくじるな』(古今亭八朝・岡本和明編 文藝春秋)という本まで出ている。同書の帯には「師匠をしくじれば破門、内儀さんをしくじれば破滅?」というアオリ文句が踊っている。

 『談志楽屋噺』(立川談志 文春文庫)の中でも何度もこの“しくじる”という言葉が登場する。



 結論から言うと、『広辞苑』(第六版)には二番目の語義として「過失などによって解雇されたり、出入りを差しとめられたりする。また、機嫌をそこねる。」と、ちゃんと載っている使い方だった。

 講談社『日本語大辞典』(初版)「(2)勤め先をくびになる be dismissed」
 岩波書店『岩波国語辞典』(第三版)「(2)過失などがあって解雇される、または出入りを差しとめられる」
 三省堂『新明解国語辞典』(第二版)は「(2)あやまちなどのために職を失う」/(第六版)「(2)あやまちなどを犯したために好ましくない結果になる」
 …と、携帯サイズの辞書にも近い意味が出ていた。

 特筆すべきは大修館書店『明鏡国語辞典』(初版)で、「(2)過失などによって勤め先や仕事の場を失う。」とした上で「酒で会社を」「師匠を」という用例が紹介されていた!

 手元の辞書に関する限り、意味としては『広辞苑』、用例としては『明鏡』が噺家さんの言う“しくじる”を説明してくれている。



 私はてっきり落語業界特有の言い回しだと思っていた。


 そのあたりは不明を恥じるしか無いが、魚住さんだって一瞬「え?」と思ったわけであるからして、私が知らなくても当然だろうと開き直っても良いのではないか。


 ついでながら、“本寸法”も業界用語かと思っていたら、これも『広辞苑』に「本来の正しい基準にかなっていること。落語などの芸をくずしていないこと。」としっかり出ていた。
 

 だから、私が日常的に「得意先をしくじった」と嘆いたり「いや、本寸法だねぇ」と感心しても何ら問題は無いっちゃ無い。
 

 …。


 辞書に載っているからといって、普段使いに相応しいかどうかは別だな。


 
 なお、さすがに“パーパー言う”は辞書にも載っていなかった。

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【2011年8月12日 徳島市阿波おどり 紺屋町演舞場】

 ジャングル・ハウス! スリー・ガス!
 …って、そりゃ先代だ。

 そうではなくて、現在の二代・林家三平師匠である。

 いや、当代の三平師匠もこのネタをやっているのかも知れないが、私はまだ一度も当代の落語を見たことが無いのでよくわからない。

 落語を見たことが無いのに、イキナリ徳島市で阿波おどりを踊る姿を見てしまった。


 400年の歴史を持つ徳島市の阿波おどり。
 地元企業など大小さまざまな会社がPRとして社員でグループ(「連」という)を作り、阿波おどりに参加している。そういう連は総称として「企業連」と呼ばれている。社員ばかりではなく、芸能人やスポーツ選手などを招聘して一緒に踊ってもらう企業連もある。

 そんな企業連のひとつ、「サントリー ザ・プレミアムモルツ連」の先頭で三平師匠が踊っていたわけである。

 
 サントリー ザ・プレミアムモルツ連は、自前の鳴り物(お囃子)を持っていないので、有名連と言われる阿波おどりの達人たちの連にサポートに付いてもらうというか、有名連に混ざって踊るというか、とにかくそういう形で参加していた。

 三平師匠は一応は踊っていたものの、左右の桟敷席から「三平さ~ん」と声がかかると手を振ったり隊列から離れて握手をしに行ったりとファンサービスに忙しく、大変なんスからもう。

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 そういうときの三平師匠は、まるで知り合いと会ったかのように嬉しそうな、楽しそうな表情を浮かべる。「わ、観に来てくれたんだあ」みたいな感じ。愛されるタイプの芸風だなあ。

 
 で、こういう有名人は、本部放送席に呼ばれて一言ご挨拶をする。

 「去年も一生懸命踊らさせていただきました! そうしたら、素敵な嫁さんをもらうことができました! これもひとえに徳島の皆さんのおかげだと思っております! ありがとうございま~す サントリー ザ・プレミアムモルツ、よろしくお願いしま~す!」

 そうだったのか。一生懸命踊ると徳島の皆さんのご尽力で結婚できるのか(笑)


 同じ日に「ジブラルタ生命保険連」では三遊亭王楽師匠が招かれて踊っていたらしいが、同連を見ることは出来なかった。
 …のだが、何と私が宿泊していたホテルに王楽師匠も泊まっていて、翌朝の朝食タイムにしっかりとお姿を拝見。


 さらに、徳島出身の上方落語家・笑福亭學光師匠が噺家仲間を中心に集めて結成した「はなしか連」と遭遇。踊っているときでは無かったので、つい「失礼ですが、學光師匠ですね」とお声をおかけしてしまった。我ながら相変わらずのミーハーっぷりである…てか、上方落語なんてまだ生で聴いたことないというのに…。


 しかし、徳島まで阿波おどりを観に行って3人の噺家さんを間近で見ることになるとは思わなんだ。
 

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 平成4年(1992年)前後の夏。
 文化事業担当だった時に、同僚が『江戸東京落語文化史』という連続講座を企画した。
 私は会場の準備などを手伝うくらいで、直接関わってはいない。

 その一連の講座の中で、三遊亭鳳楽師匠をお招きして落語を演っていただいた。

 どんな噺をお演りになったかは全く覚えていないのだが、ちょっとした思い出がある。

 確か、鳳楽師匠はバイクで会場に駆けつけて下さったのだが、途中で夕立に遭ってびしょぬれ。高座に上がって頂くまでにはだいぶ時間があった。
 「高座が終わるまでに干しておけば(私服は)乾くでしょうが…Tシャツでも何でも構わないので、少しの間着られるものがあればお借りしたいのですが」と鳳楽師匠。

 私のロッカーの中に、阿波踊りで使う衣装(当時は旅館にあるようなデザインの綿の浴衣だった)と帯が入っていたので、おずおずと「こんなものでよろしければ…」と提案した。
 こちらとしては本当にこんなものしか無くて申し訳ないという気持ちだったのだが、鳳楽師匠はパッと明るい表情になって「う~ん、さすがに文化事業のご担当ですね! まさか浴衣までご用意なさっているとは!」と関心して下さった。
 そこまで関心して下さったもんで、私も「いえ、実は阿波踊り用で…」などとは言えず、「ええ、まあ…」と曖昧にお返事をしたと記憶している。

 これがまたね…、やはり和服を着慣れた噺家さんである。
 私なんぞが着るよりはるかに姿が決っている。


 それから2週間くらい後、私は鳳楽師匠がお召しになった浴衣を着て阿波踊りで笛を吹いたのであった(洗濯をしたかどうかは記憶に無い…)。
 本職の噺家さんが着た浴衣で阿波踊りに出たヤツなんて、日本広しといえどもそんなにいないであろう。
 私のプチ自慢のひとつである。

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