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頓田囃子七五三太

Author:頓田囃子七五三太
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 生涯“にわかファン”…どうせ“通”にはなれない。
 「わかって無ぇ」と言われればその通り。

 …だから、許してください(^^;
 明らかな間違いは、優しい心でご指摘くださいm(__)m

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 前回の記事で立川談志師匠のことを書いて思い出した…ってコトは、また大昔ネタである。

 1994(平成6)年の3月、『立川談志 落語鑑賞会』の“主催者”をやった。

 バブル景気の頃というのは色んな企業や各地の自治体が文化にお金を使っている時期でもあった。その流れに乗って、私も文化事業などを担当していたんである。
 
 落語鑑賞会をメインで担当していたのは私ではなく、同僚だった。何故か私自身はクラシックコンサートや美術展のような、堅めの事業を担当することが多かった。
 同僚が担当した落語鑑賞会は、先代の柳家小さん、柳家小三治、古今亭志ん朝、桂米朝…と、蒼々たるメンバー。私は専ら手伝いでチケットのモギリとか客席の案内。

 そんな中で、「立川談志を呼びたい」と提案したのは私である。

 が、上司や周辺からは心配する声が多かった。
 過激な発言が多いし、高座をすっぽかしたり客と喧嘩したりという、とにかく危険な(?)芸人だから。

 上司の不安は、打ち合わせに来ていただいた立川企画のマネージャーさん(今にして思えば、談志師匠の弟さん)の言葉で完璧なものになった。

 「談志は、ハイリスク/ハイリターンな芸人です」

 当時の自分がどうしてそんな保証付きのリスクを背負ってまで「立川談志」にこだわったのか覚えていない。

 落語界や落語ファンのこともよく知らなかったにも関わらず、私は自信満々で上司に言った。
 「大丈夫です。仮に一悶着あったとしても、談志の落語会に来るお客様は“そういうもの”だとわかっていらっしゃる方ばかりですから。『いや~、やっぱり談志は来なかったね』って、ネタにしてくれますよ」
 今にして思えば無茶苦茶な理屈だが、なぜか上司はGOサインを出してくれた。

 
 チケットは発売開始後1時間で完売。
 おお、完売記録更新だぜ、とほくそ笑みながら当日を迎えた。

 
 上司と一緒に楽屋にご挨拶に伺うと

 …。

 談志師匠は、楽屋にいなかった。

 

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 前の記事でマジックのことを書いて思い出した。

 1990年、キャピトル東急ホテルで3日間に渡って開催された『インターナショナル・フレンドシップ・マジック・コンベンション』というイベントで、フと気づいたら私の左側…隣の隣の席に立川談志師匠が座っていた。

 日本橋茅場町にあるマジックショップ『マジックランド』の主催。
 国内ばかりでなく、海外からも多くのマジシャンやディーラーがやってきた大きなイベントだったので、参加費も相当なものだった記憶がある。…言い換えると、かなり濃いマジックファンでないと参加しないようなイベントなわけである。
 そもそも、このイベントの開催そのものが一般には告知されていなかったのではないか。自分自身、どこから情報を得て、なおかつどうやって事前の参加登録をしたのか覚えていない。


 そんなイベントに談志師匠が参加していたんである。

 舞台が設置されているホールではステージマジックやコンテスト、レクチャーなどが行われ、いくつもの小さい部屋ではクロースアップマジックや各種研究発表、大きな宴会場は国内外のマジックショップが出店している。

 ロビーの床に車座になっている一団は、カード(ノーマル・デック)を順番に回しながら得意のマジックを見せ合っていたり、あっちこっちで人だかりが出来ていてイベントプログラムには無い“自主的ミニマジック大会”が勝手に行われている。

 マトモな神経の人が観たら異様な光景であろうと思うのだが、どうも大きなマジックイベントはだいたいこんな感じらしい。

 「趣味は…“鉄”です」と言っても電車が運転出来る人は少ないと思うのだが、「趣味は…マジックです」と言う人でコインの一つも消せない人はまずいない。

 さて。

 私が談志師匠を目撃したのは、オープニングイベントだったか、とにかく着席してステージを鑑賞する場であった。


 私の隣の席は談志師匠の連れの方だったので、特に盗み聞きなんぞしなくても連れの方に語る内容は耳に入って来る。

 「マジシャンが目の前でやっていること自体は“現実”だが、見せている内容はあり得ない現象であり“虚構”である。即ち、マジックは、現実と虚構を同時に見せる芸能である」
 …そんな主旨だった。

 さすが家元、ただ漫然とマジックを観ているわけでは無いんですな。

 これが家元とのファースト・コンタクト。
 私に直接語られたことでは無いとは言え、全くの素人である私が家元の芸談を伺うことが出来たというのは凄いことなのではないか。

 この『インターナショナル・フレンドシップ・マジック・コンベンション』での芸談が、後の「落語はイリュージョンだ!」という家元の主張に繋がっている…なんてこたぁ無いか(^^;


いや、まあ、それだけのハナシなんであるが。

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もともと関心が全く無かったわけではない。
小学生の頃、学校の図書室にあった“子どものための古典落語”みたいな本を読んで『寿限無』の長い名前を覚えたり、クラスのお楽しみ会では『平林』をベースにした寸劇を演った。
笑点、大正テレビ寄席、デン助劇場などのテレビも普通に観ていた。

だが、どちらかと言えば好きだったのは『シャボン玉ホリデー』『ゲバゲバ90分』『モンティ・パイソン』『スネークマン・ショー』といったコント系の笑いで、自分自身の創作にも“そっち系”(←ちゃんとした説明は出来ないが…)の影響を受けている気がする。

時代が平成に入って間もない頃に文化事業関連の仕事を担当した。
そこで落語鑑賞会などのイベントも開催し、柳家小さん、柳家小三治、古今亭志ん朝、桂米朝、立川談志の各師匠をお招きしたこともあったが、私が直接担当したのは談志師匠だけ。
文化事業担当を離れてからは、落語との接点は無くなった。


きっかけは突然やってきた。

縁があって、5回に渡る『話芸』の実習授業を受けることになった。2010年の秋である。
講師は桂右團治師匠(落語芸術協会)と、二ツ目の古今亭ちよりんさん(落語協会)…ともに女性の噺家さん。
実習授業なので1席仕上げて最終回の授業で発表をする。
このプロセスで、多少なりとも落語という芸の難しさ・奥深さに触れ、なおかつ落語の面白さ(あくまで見る立場として…)を知ってしまった。

ああ、知っちゃったもんなあ、困ったなあ、じゃあ観に行かなきゃダメじゃん、という流れになるわけである。

かくして、2010年12月17日、上野鈴本演芸場中席へ。齢49にして生まれて初めての寄席体験。

この歳で今さら“通”にはなれない…ずっと“にわかファン”のまんまだろうとは思うが、私なりに落語や噺家さんについて思い付くままに綴っていきたいと思う。

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